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東京地方裁判所 昭和46年(むト)54号 決定

被疑者 留置番号愛宕署第二五号

決  定

(被疑者名略)

右の者についてなされた勾留理由開示の請求に対し、次のとおり決定する。

主文

本件勾留理由開示の請求を却下する。

理由

本件請求は、被疑者は昭和四六年六月六日公務執行妨害、傷害被疑事件について、東京地方裁判所裁判官の発した勾留状にもとづいて警視庁愛宕警察署代用監獄に勾留され、目下引き続き勾留中であるが、右勾留理由開示を請求するというのである。

ところで本件請求は、署名欄に愛宕一号留置番号25番との記載(署名とは認められない)および指印並びに弁護人城口順二外二名の署名押印のある弁護人選任書にもとづき弁護人城口順二名義でなされているので、右弁護人選任書の効力について判断することとする。

先ず、刑訴規則一七条は、「公訴の提起前にした弁護人の選任は、弁護人と連署した書面を当該被疑事件を取り扱う検察官又は司法警察員に差し出した場合に限り、第一審においてもその効力を有する」と規定するので、この規定だけを見ると起訴前の弁護人の選任はこれ以外の方式を許すかのように解する余地があるのであるが、同じく弁護人選任に関する刑訴法三二条一項は、「公訴の提起前にした弁護人の選任は、第一審においてもその効力を有する」と定めているところから、法は起訴前においては効力を有するのに、起訴後は効力が無くなるような弁護人選任方式をそもそも予定していないのである。(同規定がいかなる方式に従つてした被疑者の弁護人選任が第一審においても効力をもつかについてはふれていないと解する見解は文言上採り得ない)法三二条一項、規則一七条、一八条を統一的に解釈すれば、法三二条一項は、起訴前の弁護人選任も、第一審において効力を有するような方式で行なわれねばならないことを当然の前提とし、これを受けて規則一七条は、起訴前において効力を有するとともに、第一審においても効力を有するような方式として、被疑者と弁護人とが連署した書面を検察官又は司法警察員に差し出す(但し、一定の場合に差出先が裁判所となることを否定する趣旨とは解されない)ことを規定したものと解されるのである(少くとも規則が法の趣旨を没却するような解釈は相当でない)。

そして、このことを踏まえて、刑訴規則一六五条二項前段は、「検察官は、公訴の提起と同時に、検察官又は司法警察員に差し出された弁護人選任書を裁判所に差し出さなければならない。」と定め、裁判所は、これに署名している弁護士を第一審における弁護人として取り扱うことになる。又このように解することは、被疑者にさして難きを強いるものではない反面手続の確実性を確保する利点があることを否定することはできない。そして捜査段階だからといつて、弁護人選任関係が便宜的に成立していればよいとする見解は採り難い。

まして、被疑者において単なる捜査の対象としての地位を離れ、積極的に裁判官に対し、勾留理由開示を請求するため、弁護人を選任する書面を差し出す場合、特に氏名を記載することのできない合理的理由の認められない本件においては(最高裁昭和四四年六月一一日決定、集二三巻七号九四一頁以下参照、尚これに関連して、氏名は原則として不利益な事項ということはできず、それにつき黙秘する権利があるとはいえないとした最高裁大法廷昭和三二年二月二〇日判決(集一一巻二号八〇二頁)参照、本件においては、被疑者は現行犯逮捕されたもので、犯罪の前科、前歴は認められず、その他右合理的理由の存することの疏明はない)、右弁護人選任書が有効であるためには、これに被疑者の署名押印(又は押印にかわるべき指印)がなされるべきことは、訴訟上の権利(憲法、法律および規則によつて保障された全ての訴訟上の権利をいうものと解される)は、誠実にこれを行使し、濫用してはならない旨を定めた刑訴規則一条二項並びに官吏その他の公務員以外の者が作るべき書類には、年月日を記載して署名押印(又は押印にかわるべき指印)をしなければならない旨を定め、手続を厳格にして過誤のないことを期した刑訴規則六〇条、六一条の趣旨に徴し、明らかであるといわざるを得ない(尚京都地裁昭和四四年六月二日決定、判例時報五五八号九六頁参照。)。

この意味において前掲最高裁昭和四四年六月一一日決定の冒頭の理由の趣旨は、「被告人の署名のない弁護人選任届によつてした弁護人の選任は、無効なものと解釈しても、被告人としては、署名をして有効に弁護人を選任することができるのであり、なんら弁護人選任権の行使を妨げるものではない」旨の説示の趣旨をも含め、本件の場合における被疑者の弁護人選任についても類推適用して理解するのが相当と思われる。

以上の理由により、本件勾留理由開示の請求は、被疑者に対する弁護人としての資格を有しない者の、権限にもとづかない請求であつて、不適法というべきであるから、刑訴規則八一条の二により、これを却下することとして主文のとおり決定する。

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